地歌

三味線の起こりは、中国・元時代の「三弦(サンシェン)」という楽器で、

明の時代になってこれが琉球に伝わり、そして本州に来て「三味線(しゃみせん)」になったといわれています。

 

もともと「ばち」はなく、これを最初に弾いたのが琵琶法師であったため、琵琶とよく似たばち弾きとなったのだそうです。

 三味線の伝来により石村検校、虎沢検校によって生まれた三味線組曲こそ「地歌」の起源であり、江戸時代になると地歌は盲人の専業として発達しました。

 地歌はさらに箏曲と交流し器楽として確立されますが、長唄、端唄、小唄の派生とともに地歌は、地味な様相を保つこととなります。

 江戸に移って発展した長唄に対して上方に根ざした地歌は、上方歌ともよばれます。

 大阪の島の内で生まれ育った私にとっては、体にしみ込んだ音楽でもあります。少し一般のお客様から遠ざかってしまった地歌や上方唄を、身近に楽しんで頂けるよう、私なりに頑張りたいと思っています。

松浪流Web Site

松浪流 家元 松浪千壽オフィシャルウエブサイト